Netflixで配信されている『サンクチュアリ -聖域-』を観ました。
相撲を題材にした全8話のオリジナルドラマということで、正直あまり期待せずに観始めたのですが、思っていた以上に取組シーンが良くて、最後まで一気に観てしまいました。
ただ、人を選ぶ作品だなというのも正直な感想です。
※本記事には、作品の重要なシーンに関する記述が含まれます。後半には衝撃的な描写の話もありますので、未視聴の方はご注意ください。
■作品概要
『サンクチュアリ -聖域-』は、2023年5月にNetflixで世界配信が始まった日本のオリジナルドラマです。
監督は江口カン、脚本は金沢知樹。
主演は一ノ瀬ワタル。
全8話構成で、ジャンルは相撲×人間ドラマ。
主人公の不良少年・小瀬清(通称・猿桜)が、勢いだけで相撲の世界に飛び込み、角界の常識や自分自身と向き合っていく物語です。
配信開始後、Netflixの日本ランキングで上位に入り、海外でも話題になった作品。
相撲という、日本ですらマニアックな題材を全世界に届けた挑戦的なドラマです。
■あらすじ
主人公の猿桜は、口が悪く、態度もデカい。
家庭は貧しく、母は男と出ていき、父は道路工事の交通誘導でなんとか食いつないでいる。
そんな猿桜が、金を稼ぐためという理由で相撲部屋に入門します。
しかし角界には、女人禁制の土俵、しごきのような稽古、年功序列の縦社会など、不良少年とは正反対の「古い体質」が根強く残っていた。
先輩にも師匠にも食ってかかり、ボコボコにされても折れない猿桜。
そんな彼の前に立ちはだかるのが、圧倒的な強さを誇るライバル・静内——。
■取組シーンの生々しさが想像以上
このドラマで、まず驚いたのが取組シーンのリアルさです。
皮膚と皮膚がぶつかる音。
汗が飛び散り、血が流れる。
アクション映画の格闘シーンを観慣れた目にも、新鮮に映りました。
というのも、相撲はそもそも「肉体と肉体がぶつかる」というシンプルな格闘技なので、CGや派手な演出に頼らない「生の音」が、ものすごい迫力で迫ってくるんです。
特に猿桜の試合は、表情、息遣い、汗の粒まで細かく映していて、観ているこちらまで息を止めてしまうほどでした。
相撲というと、テレビ中継のどこか牧歌的なイメージが先行しがちですが、このドラマで描かれるのはもっと剥き出しで、もっと痛々しい競技としての相撲です。
■猿桜というキャラクターの面白さ
主人公・猿桜は、口は悪く態度はデカい不良少年。
ただ、相撲に向き合うときの真剣さは別人のようで、そのギャップがこのキャラクターの面白さだと感じました。
先輩や師匠にも臆せず食ってかかり、ボコボコにされても態度は変わらない。
その反骨精神が、彼の最大の武器であり、同時に弱点でもあります。
家庭環境の描写も印象的でした。
父親は、かつて寿司屋を営んでいた職人。
その頃は夫婦円満だったのが、店がうまくいかなくなり、母は男を作って家を出ていく。
今は道路の交通誘導で必死に働き、息子のことをずっと気にかけている。
猿桜はそれに気づいているのに、なかなか素直になれない。
「相撲で稼いで家族を支えたい」——口には出さないその想いが、猿桜の根っこにあることが伝わってきました。
不良がスポーツに本気で向き合う、というありきたりなパターンに見える人もいるかもしれません。
ただ、猿桜の場合は「真剣に取り組む」と「態度はデカいまま」が両立しているところが新鮮でした。
■忘れられない名シーン:翌朝の四股
このドラマで、個人的に一番心に残ったのが、ある小柄な力士が猿桜に語りかけるシーンです。
その力士は、相撲が大好きなのに、体が小さくて自分には向いていないことを自覚している。
それでも稽古場に居続け、猿桜の才能を認めている人物です。
挫折しかけていた猿桜に対して、彼はこんな趣旨のことを言います。
君は土俵にいるべき人間だ。君の相撲がもっと見たい。
その足は逃げるためにあるんじゃない、土俵を踏むためにある。
逃げるのは僕だけでいい
このとき、猿桜は何も言い返しません。
ただ翌朝、誰もいない稽古場で一人、四股を踏んでいる。
その姿を見て驚く周りに対して、猿桜は一言。
見てわからんのか。四股踏んどるんや
このやり取り、めちゃくちゃ良かったです。
言葉では返さなかった猿桜が、行動で答えを示している。
そして、自分の道を選んだ瞬間の照れを、いつもの態度の悪さで隠している。
猿桜というキャラクターの不器用さと、相撲への覚悟が、この一連のシーンに凝縮されていたと感じました。
■静内戦の衝撃(以下、ネタバレ注意)
ここから先は、作品の重要なシーンに触れます。
未視聴の方は注意してください。
このドラマで最も衝撃的だったのが、ライバル・静内との取組シーンです。
最初、画面に映るのは猿桜が静内に勝つ場面。
場内は座布団が飛び交い、歓喜の嵐。
師匠が「お前すごいな、もう横綱や」と笑い、彼女が土俵に駆け上がってきて喜びを分かち合う——。
ところが、その瞬間、猿桜の鼻から血が流れます。
そう、ここまでの勝利シーンは、全部猿桜の妄想だったんです。
現実の取組では、静内の張り手の連続を浴び続け、歯が折れ、意識が飛びそうになりながら何度も打たれ続ける猿桜。
そして最後、張り手によって右耳がちぎれる。
静内は、ちぎれた猿桜の耳を踏みつけて土俵を去っていく——。
このシーン、本当に容赦がなかったです。
「勝利の妄想」と「現実の地獄」を一気に並べて見せることで、猿桜の絶望感が観ているこちらにもダイレクトに伝わってきました。
スポーツドラマというより、ホラー映画のような残酷さすらありました。
このシーンこそが、サンクチュアリが「綺麗事の相撲ドラマ」ではないことを宣言する場面だと感じます。
■角界の古い体質への眼差し
物語の中で、角界に残る古い体質への問題提起もきちんと描かれていました。
女人禁制の土俵。
理不尽なしごきとしか思えない稽古。
年功序列で、目下の力士は反論することもできない縦社会。
このあたりが、猿桜の反骨精神とぶつかることで、相撲という競技の構造的な問題が自然と浮かび上がってきます。
ただ、それを声高に告発するというよりは、淡々と描いているのが好印象でした。
「相撲はこういう世界です」という事実だけを見せて、判断は視聴者に委ねる——そういう余白の作り方が、このドラマの大人びた魅力だと感じます。
■脇を固める力士たちの存在感
主人公の猿桜だけでなく、各部屋の力士たちの描写も丁寧でした。
特に印象に残ったのが、怪我で引退に追い込まれる猿谷の存在。
彼の断髪式のシーンは、相撲という競技の残酷さと美しさを、同時に感じさせる場面でした。
そして先ほども書いた、体が小さくて自分には向いていないと自覚している小柄な力士。
「逃げるのは僕だけでいい」と猿桜に告げる彼の存在は、このドラマの中で静かに光っていました。
主人公だけでなく、それぞれの力士がそれぞれの人生を抱えている。
そういう群像劇としての厚みが、サンクチュアリの大きな魅力だと感じました。
■ラストの終わり方は正直、微妙だった
正直に書くと、最後の終わり方は個人的には微妙でした。
静内との再戦のシーンで、両者の過去と家族とのやり取りが回想で重ねられていきます。
父親が寿司屋だった頃の風景。
相撲部屋に送り出すときの新幹線のシーン。
道路の交通誘導で働く父の姿——。
そして静内側の家族の回想も挟まれます。
回想がたっぷり積み上げられて、いざ取組開始。
両者がぶつかりあった——その瞬間で、物語は終わります。
決着がどうなったのか、観たかったというのが正直なところです。
ただ、これは続編への布石なのかもしれませんし、「ぶつかりあった瞬間」で終わるからこそ余韻が残るとも言えます。
「その終わりが正解なのかもしれない」と、観終わってからしばらく考えていました。
スッキリした結末を期待していた人には、肩透かしに感じる終わり方かもしれません。
■こんな人におすすめ
- 相撲という題材に興味がある人
- 力士たちの人間関係や心情を描いた群像劇が好きな人
- 綺麗事じゃない、生々しい人間ドラマが好きな人
- 主演・一ノ瀬ワタルの身体を張った演技を観たい人
- 日本のオリジナルドラマで攻めた作品を探している人
逆に、こんな人には合わないかもしれません。
- スカッとした結末を求めている人
- 暴力的・残酷な描写が苦手な人
- 「不良が真剣に何かに取り組む」という王道展開を見飽きた人
■まとめ
★★★☆☆(5点満点中3点)
相撲という題材を、ここまで剥き出しで生々しく描いたドラマは他に思い当たりません。
取組シーンのリアルさ、猿桜のキャラクターの面白さ、脇を固める力士たちの存在感——どれも見どころが多い作品でした。
ただ、ラストの終わり方が個人的にはスッキリしなかったのと、ストーリー展開そのものは「不良がスポーツに本気で向き合う」という王道に乗っているので、ハマる人とハマらない人がはっきり分かれる作品だと感じます。
それでも、相撲が題材なのに観ていて飽きなかったというのは、それだけで十分価値のあるドラマだと思います。
Netflixで配信中なので、興味を持った方はぜひ観てみてください。
あの取組シーンの音と汗と血は、一度体験する価値があります。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

